神様に会いにいく

【連載エッセイ】 Vol.9 火の神 カグツチノミコト(愛宕神社)


イザナミノミコトは数々の悲劇にみまわれながらも自分らしさをつらぬいたが、「らしさ」を発揮することもなく死んでしまった神様がいる。火の神カグツチノミコトだ。

vol.5でも説明したように、イザナミはこのカグツチを生んだせいで火傷をしてしまい、それが元で弱って苦しんで死んでしまう。悲嘆にくれたイザナギはカグツチを切り殺してしまう。カグツチは、母を殺し、父に殺されてしまうのである。

火は人間にとって大切な存在なのに、火の神のエピソードはあまりにも悲しい。でも、もしかして、大切な神様は悲劇を経てからしか生まれないのかもしれない。切られたカグツチの血や死体からは水の神をはじめとする重要な神々が誕生する。太陽神アマテラスも、イザナギとイザナミの悲劇的な別れを経て生まれた。地上の食物は、ウケモチがツキヨミに殺されたことでもたらされた(vol.6参照)

こんな神話の話をしていたら「それ、本当にあったことなんですか?」と聞かれることがある。本当とはなんだろう、と思う。少なくとも昔のひとが世界をこんなふうに解釈し、物語った。そこに昔の人の「本当」があると思う。

わたしたちが今、目に見えてはっきりわかっているものは世界のほんの一部分だけで、わからない大部分の傾向や雰囲気を大まかにとらえて目に見える形にするのが物語の役割じゃないだろうか。長い時をかけて語り継がれた物語には、実質的な力があると思う。信仰もまた物語で構成されている。神によってわたしたちが生かされているという物語。それは、神がいるかいないかは別として、「生きる」ことの本質を言い当てているんじゃないかと思う。

カグツチの悲劇的な一生はイザナミのエピソードと同様、わたしの心を強くとらえてしまった。というわけで、今回は、カグツチノミコトが祀られている愛宕神社にお参りに行っていきました。

愛宕神社は全国にあるけれど、京都にある愛宕神社が総本宮。ラーメン屋と一緒にしたら怒られるけれど、総本店とか元祖とか、そういう言葉にわたしは弱い。片道2時間の登山と知ってもひるまなかった。秋だし!ハイキングも兼ねて!そして、ダイエットも兼ねて!決行したのである。

愛宕神社へは徒歩で登るしかなく、一番初心者向けのコースが「清滝」から登るコース。清滝へは京都駅からバスで1本で行ける!なんと230円!

と、浮かれて家を出たら、京都駅から直通のバスは朝の8時台で終わっていた。仕方なく嵐山経由で行くことに。

ああ、嵐山。
お蕎麦とか食べたいけどのんびりしていると日が暮れるので、清滝行きのバスに乗る。

戦前までは、この嵐山から清滝まで電車が走っていた。バスで行く途中、元電車用の一方通行の長いトンネルを通る。電車1台分の幅しかないのでバスで通ると両側に壁が迫って不思議な気持ちになる。

バスを降りて清流を見下ろしながら歩いていくと、案内看板が見えてくる。

後で知ったのですが、この上には、ケーブルカーの出発駅(清滝川駅)があったそうです。戦時中に「不要不急線」(生活必需ではない線路)と指定されて廃線になるまではケーブルカーに行列ができるほどにぎわい、山頂にはホテルやスキー場ができて一大行楽地となっていたそうです。

さあ登るぞ。

ガチ登山です。
知ってたけど。
もともとそれほど体力のあるほうでもなく、ここずっと締切に追われてひきこもって運動不足だったので、さっそくばてる。

でも今回は、こんなこともあろうかと、「秋だしハイキング行こうよ!」と人を誘っておいたのです。ひとりじゃないって大事。後に引けないところが。

登山道の各所に茶屋の跡があった。

昔はこんな山の中腹で商売が成り立つくらい、ぞろぞろと人が参詣していたわけですよ。落語に登場するほどメジャーな地。

その後、ケーブルカーができると、愛宕山はさらに人でにぎわったけれども、徒歩で登る人が少なくなり、茶屋は廃業や移転したそうです。そのケーブルカーも今はない。ケーブルカーの跡と、茶屋の跡だけが残されている。時代に翻弄された山なのである。

紅葉したらきれいだろうなと思わせる若々しいモミジがたくさん生えていた。

登れど登れど、山なのである。足がだんだん持ち上がらなくなる。
ふと、前屈姿勢になると楽に前に進めることに気がついた。
地面につくくらい手をだらんと下げて、顔だけ上げて歩いてみる。おお!! 山道が歩きやすい! ゴリラや猿たちの姿勢は理にかなっている!

同行人「気持ち悪いからやめて」

わたし「・・・あ、はい」

先を行く同行人が背を向けている間だけ、うほうほと進むことにしました。上から人が降りて来たら、さっと人間に戻るのだけど。

12時くらいから登り始めたので、後ろから追い越す人はあまりいなく、降りてくる人ばかりだった。わたし以外の登山者たちは、涼しい顔してすいすい歩いていた。小さな子供もけっこういる。登山としては初心者級の山なのである。

何か神社っぽくなってきた! あと少し! テンション上がる。

ようやくたどり着いた鳥居。雲に覆われてものものしい雰囲気・・・。左奥が愛宕神社の鳥居です。

本殿の外観です。

kossmag,の記事では可愛らしい写真を撮るように心がけているのですが、雲に包まれていたこともあり、いくらがんばっても、おどろおどろしくなってしまいました。でもネットで他の人が撮られた写真を拝見していると、秋は紅葉、春には桜。眺めも良く、日差しが差し込むと神々しかった。

拝殿。

ここに祀られているのは、イザナミノミコト・埴山姫神・天熊人命・稚産霊神・豊受姫命。イザナミ以外はこの連載初登場。

埴山姫(ハニヤマヒメ)は土の神様。イザナミがカグツチを産んで苦しんでもらした大便から生まれた(!)神様です。悲劇から大事な神が生まれるというわたしの説に、この神様も当てはまるんじゃないでしょうか。

天熊人(アメノクマヒト)はウケモチのところに遣わされた二番目の使者。アマテラスの弟ツキヨミがウケモチのところへ遣わされ、ウケモチを切ってしまった(vol.6参照)わけですが、二番目に遣わされたアメノクマヒトは切り殺されたウケモチとその体から生まれたたくさんの食物を目撃するのです。

稚産霊(ワクムスビ)はイザナミの尿から生まれた五穀・養蚕の神。食物の神・豊受姫(トヨウケヒメ)の父。

今日はカグツチノミコトに会いにきたので、いずれ他の機会にゆっくりご紹介しましょう。

奥に若宮と奥宮があります。

若宮。

祀られている神様は、雷神・迦遇槌命・破无神。

迦遇槌命が火の神カグツチノミコトです。二時間の登山を経てようやく会えました。感動。火の神なので、火伏せ・防火のご利益があると、今も昔も人々からの信仰が厚い。

雷神は雷の神様なのでしょうが、破无神(ハムシノカミ)はわからなかった・・・。

奥宮社。
日本を代表する神様がずらりと。

お参りして心が洗われて、山登りの達成感も味わえる。
すごく大変だったけれども、来てよかった。

ところでこの神社には、明智光秀が戦勝祈願のために参蘢し、本能寺の織田信長を攻めるかどうかを占うため、おみくじを3回引いたという逸話がある。神仏習合の時代には、ここの本殿に戦の神様・勝軍地蔵が祀られていたからだ。

険しい山道を必死で登って来たあとに、そのエピソードを聞くと、明智光秀の手ににじんだ汗が見えて息遣いまで聞こえてくるような気がする。ケーブルカーですんなり来ていたら、この感動はなかったかもしれない。

この場所でカグツチノミコトは戦火が上がる京の町を見ていたのだろうか。昔から今まで京の町は何度も火に包まれた。自然災害もあったし、権力争いもあった。

火は、温かさと恵みと安全をもたらす、人間にはなくてはならないものなのに、使われようによっては命を奪う。わたしが神なら、戦さをする人間を見て、「そんなことに使うなら、お前たちにはもう火はやらない」って火を取り上げて、天に帰ってしまいたくなる。でも、火の神は沈黙してこの世界に居続けている。きっと、驕れば報いを受けることを知っているからかもしれない。

施設情報

総本宮 愛宕神社(あたごじんじゃ)

神社

総本宮 愛宕神社(あたごじんじゃ)

この記事を書いた人

寒竹泉美

小説家・医学博士

寒竹泉美

岡山生まれ、広島育ち。京都に住んで15年が過ぎました。ペット可の古い貸家で白黒猫のモーちゃんと夫と、マイペースに暮らしています。

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