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【時代祭】千年の歴史と伝統が集う、時代風俗絵巻


京都三大祭のひとつである時代祭は、3大祭の中で最も新しい祭で、総勢2000名、約2kmもの行列で成される時代風俗絵巻です。明治28年(1895)、「平安奠都千百年記念式典」の一環で、桓武天皇新京還幸日である10月22日に、奉祝行事として企画されたのがはじまり。第1回は平安奠都記念祭の余興のようなものでしたが、第2回から桓武天皇の神霊を奉ずる神輿を神幸する行列に、各時代の装束を身につけた行列が供奉するお祭りとなりました。

時代祭は、京都御所からスタートするので、京都御所のお祭りだと思われる方も多いですが(かくいう萩野もそうでした)、実際は平安神宮のお祭りになります。15日に、参役宣状授与祭、21日に前日祭(平安神宮)、22日に神幸祭(平安神宮)、行在所祭(京都御苑建礼門院前)、還幸祭(平安神宮)、23日に後日祭(平安神宮)がおこなわれます。

今年は土曜日と重なったので、この時代祭を追っかけるべく、朝から平安神宮へ向かいました。朝7時から祭典が始まりますが、本殿で行われるため、残念ながら一般人は見ることができません。7時半に到着した萩野は、出発の準備をしているところをぐるっと見て回りました。

應天門前には、(牛はいませんが)牛車がありました。檳榔毛唐庇車(びんろうげからひさしくるま)と呼ばれ、ビロウの葉で屋根を葺き、御簾や装具で飾り付けられた、最高級の牛車だそうです。應天門をくぐって左手には、(馬はいませんが)馬車です。かっこいい~!これだけずらりとそろうと見ものです。一生に一度くらいは乗ってみたいですね。

そして馬は、額殿あたりにいました。周りは行列に参加される人たちでいっぱいで、記念撮影などをされていました。こういう待ち時間の雰囲気が楽しめるのも、朝ならではかもしれません。

8時から神幸祭が始まります。蒼龍楼より先は行けないので、そのあたりで待機していると、「おーおー」という低い声が聞こえてきました。御霊代を2基の鳳輦(ほうれん)に遷される儀式です。そして、8時20分頃に禰宜や楽人たちが大極殿から出てきました。

そして8時半頃、大極殿に置かれている管御翳や唐櫃、鳳輦などが運び出されました。
ふと振り返ると、馬車も用意されていました。

さて、萩野は應天門へ。神輿が應天門をくぐるところも見どころのひとつです。そして門前に勢ぞろいして、いよいよ行列の出発です! ちなみに神幸祭で見られるのは、祭事に関連する行列(神饌講社列、前列、神幸列)になります。(例外あり)

迦陵頻伽と胡蝶たち、とってもいい笑顔を見せてくれました。色鮮やかな衣装と華やかな羽根がかわいらしいですね。続いて、楯、鉾、弓、箭、剣が続きます。

ご覧のとおり、朝早いということもあって、見物客はほとんどいません。平安神宮をバックに向かってくるのは、さきほどの鳳輦です。孝明天皇のあとに桓武天皇の御神霊が乗った鳳輦が続きます。そして各時代が書かれた旗。御所出発ではこの間に行列が入るので、旗だけがずらりと並ぶのが見れるのはこの時だけです。なかなか圧巻ですよね。

平安時代夫人列で、巴御前が乗られる白馬もいました。このあと、京都御苑内を歩いていたら、巴御前馬繋所というところがり、そこでも出会えました。セサミくん、34歳。人間では100歳超えてるんですって! ちなみに暴れん坊将軍にも出演してたとか。そんな有名な馬も時代祭に参列するとは驚きです。それにしても元気ですよね。

さて、行列を見送ると、体力温存のため、地下鉄で京都御所へ移動しました。地上へ上がると先ほどの行列が、烏丸丸太町から堺町御門へ向かう所に出くわしました。そして、鳳輦は丸太町寺町から堺町御門へと入るところでした。行列は二手に分かれてくるんですね。それにしても、みなさん移動が早い!

京都御苑内で一番のおすすめポイントは、建礼門院の正面、厳島神社の北側あたりです。堺筋御門へ曲がるところで、行列の全体を見ることができます。しかも無料です。ただ、2、3時間前には場所取りをしないと難しいです。行列は2時間もあるので、レジャーシートや携帯用の椅子が必須アイテム。ここで見られる際は覚悟を決めてどうぞ。
萩野は今回はあきらめて、有料観覧席でゆったり見ることにしました。平安神宮のことしか頭になかったので、朝にコンビニでチケットをゲット。席が余っていたら御苑内でも購入することはできます。全指定席なので、ゆっくりできるのもいいですね。

この時間はまだほとんど座っていないので、京都御所へ向かう行列を広々と見ることができます。平安神宮とはまた違った趣がありますね。建礼門院の前には、鳳輦が置かれていました。ここでの行事も気になりましたが、席に戻れなくなるので引き返しました。

すると、維新勤王隊列がやってきました。馬に乗っているのが御使番、そして鼓笛隊、兵士が続きます。京都御苑内では、ベンチもあり、レジャーシートを敷いてもいいので、お昼はピクニック気分で楽しめます。スタートまで1時間ほどあったので、仙洞御所の方へお散歩しました。

すると、なんと牛車がやってきました!今度はちゃんと牛がいます。行列は約2000人もいるため、御所内のあちこちに待機場所があるのですが、出発時間が近づいてきたので移動していたようです。思ってもいなかったので、なんだか感動です。

続いて、豊公参朝列の先払鉄棒、供侍、槍持、沓持、薙刀持、槍持、傘持。(写真上) そして、織田公上洛列の従者と藤原時代の随身でしょうか。(写真下)

トラックで運ばれていたのは、徳川城使上洛列の駕籠です。お兄さんたちが照れくさそうに手を振っていたのがかわいかったです。最後に、織田公上洛列の大幟が通りました。
観覧席は4列目で、全体は見られないので、ちょっとお得な気分でした。

有料観覧席では時代祭パンフレットがいただけます。近くでも販売していますので、ぜひ手に入れましょう。各行列や衣装の説明もイラストや写真満載で書かれていますので、楽しさも倍増です。
12時になり、いよいよ出発です。「1300年に向かって いつも新しい古都」と書かれた横断幕を手にした壺装束(上流階級の旅姿)の女性たちを先頭に、名誉奉行が続きます。京都市長、京都府知事も烏帽子をかぶり直衣姿で馬車に乗って登場です。

続いて、明治維新時代の維新勤王隊列維新志士列です。坂本龍馬の旗を持ったこの女性、平安神宮で見かけて、すごく透明感があって目を引いたので、チェックしていました。龍馬ファンとしては、もちろんこちらもしっかり押さえています。

江戸時代の徳川城使上洛列は、徳川幕府が朝廷への儀式などで上洛したときの行列を再現しています。先頭の奴(やっこ)のパフォーマンスや毛槍の投げ渡しなどが見ものです。写真は、挟箱(はさみばこ)と具足櫃です。挟箱って何だろうと思って調べてみたら、道中の着替えを入れるものだそうです。具足は甲冑を入れる箱です。今でいうキャリーケースのようなものですね。すべてに紋が入っているところが格式を感じます。

先ほどトラックで運ばれていた駕籠も、陸尺によって担がれていました。本来城使はこの駕籠に乗っているそうですが、行列では騎馬されています。

花を添えるのは、やはり女性たちです。こちらは江戸時代婦人列。和宮様が女嬬(にょじゅ)を従えて登場です。

左から女流歌人の大田垣蓮月、吉野太夫、出雲阿国です。歩くのが速いので顔を見そびれてしまいました・・。吉野太夫は打掛小袖に帯の盛装で、男衆と禿2人を従えています。出雲阿国はまた一風変わった出で立ちです。それぞれの着物や髪型の違いをぜひご覧ください。

ここでハタと気づく。行列が近くに来てから写真を撮っていたのでは到底間に合わない。何しろ前から4列目ですから、どうやっても前の人が入ってしまいます。運よく一番端っこだったので、後姿は撮れるものの、やはり正面から見たい。望遠カメラを駆使して、まるで隠し撮りのようですが・・ご容赦ください。
左から、安土桃山時代の織田公上洛列の羽柴秀吉、前衛武士、室町時代の室町幕府執政列の御供衆(政所執事伊勢氏)です。秀吉は信長に仕え始めた頃の姿で、五七の桐紋の陣羽織を羽織っています。こう見比べると、甲冑もなかなか色鮮やかで個性が見えますね。

続いて、室町洛中風俗列です。京の町衆によって盛んに催された風流踊りを再現したもので、棒振、鞨鼓童、笛、太鼓打童、風流傘、側踊りなどでとても華やかな行列です。ただ、馬などに乗っていないとさすがに見えず、後姿だけ。・・残念。

吉野時代の楠公上洛列は、1333年6月、後醍醐天皇が配流先の隠岐からの還幸にあたって、楠正成が一族郎党を率いて、出迎えるために上洛した時の様子だそうです。天皇から菊紋を下賜されましたが、畏れ多いとして、半分は水に流した菊水紋にしたんだとか。その謙虚さが素敵です。

中世婦人列の大原女と静岡御前。大原女は、京の町へ薪や炭などを売りに出たときの姿で、静岡御前は、白拍子姿です。

鎌倉時代の城南流鏑馬列は、1221年、後鳥羽上皇が城南離宮に武士1700名余を集めて北条義時追討の挙兵準備をされた一場面の姿だそうです。射手武士は狩装束の姿です。変わった形の帽子は、綾藺笠(あやいがさ)といいます。

的持や飼糧桶持が、それぞれの射手武士の後ろについているのもおもしろいですね。

藤原時代の藤原公卿参朝列は、宮中での儀式に参加する文官武官の夏正装姿です。文官(左上)、武官(右上)、左近衛の随身(左下)、童(右下)。随身の褐衣には獅子の蛮絵が描かれています。

時代祭の一番人気は、やはり平安時代婦人列の巴御前でしょう。唯一女性が騎馬して剣を携えています。その凛々しい姿に周りも浮き立ちます。その後ろを常盤御前、清少納言、紫式部が続きます。

小野小町と百済王明信と侍女。小野小町は、唐風の残る平安初期の女官の礼服姿です。百済王明信は、藤原継縄の妻で百済王氏の出で、平安町初期の女官の正装姿です。

そして、桓武天皇が治めた時代、延暦時代の行列です。延暦武官行進列は、東征を終えた征夷大将軍坂上田村麻呂行軍の様子で、延暦文官参朝列は、文官が朝賀の儀式のために参朝する様子です。先頭の馬に騎馬している浅紫の装束の方は、最高位の三位で、平安神宮に着いてから、全行列を代表して、大極殿で祭文を奏上されます。

いよいよ行列もクライマックスです。神饌講社列の神前にお供えする神饌唐櫃と、そして神幸祭の前陣として直前を行く前列の雑色です。

そして最後を飾るのは神幸列。白川女献花列と、雨皮唐櫃。白川女は、白川流域に住み、季節の花を売り歩き、御所に花を届けていたとも言われているそうです。雨皮唐櫃は、雨が降ってきたときに、鳳輦を覆うための雨具です。

おおとりは、弓箭組列。丹波国南桑田(現亀岡市)、船井(現南丹市)には、弓術に秀でた人が多く、明治時代に弓箭組が組織されました。時代祭では、その子孫たちの有志により鳳輦の警護を担っています。
この名前を聞いて思い浮かべたのは、東山の弓矢町にある「弓箭閣」。こちらでは明治5年から昭和49年まで、祇園祭の神幸祭の神輿の警護として武者行列を出していました。これと通じるところがあるなぁと思いました。

行列は、烏丸通を南下して、御池通りから三条通り、そして神宮道を通って平安神宮まで練り歩きます。16時頃に行列が到着し、大極殿に鳳輦を奉安して、儀式の後鳳輦の御霊代を本殿へ還して祭典が終了となります。

時代祭はずいぶん見ていなかったのですが、本当に壮大な時代風俗絵巻ですね。ところで、なぜ時代順ではないんでしょうね? 時代順の方がどういうふうに変わっていったのかわかりやすいのに・・と毎回不思議に思ってしまいます。
通り過ぎるのが早いので、もっとゆっくりじっくり衣装や髪型などを見たい!というのが本音でした。写真を整理しながら、パンフレットを見て、あれはこうだったのかーと改めて知ったことも。また皆さんの来年の参考にでもなれば幸いです。

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この記事を書いた人

萩野桂

ライター

萩野桂

京都生まれの京都育ち。詩や小説を綴りつつ、歴史が語る、京の記憶に魅せられて、今日もふらりと歩いています。

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