カミゴト

【粟田祭】千年の歴史を追いかけてみたら、、、ぶっ倒れます。


平安時代、都に流行した疫病や天変地異などの災厄の原因は、非業の死を遂げたものたちの祟りだとされていました。そしてその霊を鎮めて災厄を免れるために、御霊会が行われるようになりました。剣鉾を差して氏子地域を巡行して疫神を集め、鈴で鎮霊します。そして神様を祀って神輿渡御をし、その霊を慰めます。祇園祭の山鉾の原型が剣鉾と言われており、萩野もそう思っていましたが、京都市文化財ブックス第29集『剣鉾のまつり』によると、どうやら剣鉾は祇園祭より少し遅れて、独自に発展してきたもののようです。今もなお、剣鉾が祭具として使われる祭りは、市内に52件あります。

粟田祭もそのひとつで、長保3年(1001)年に始まったとされ、1000年以上もの歴史があります。もともとは10月15日に行われていましたが、平日だと人手が集まりにくいことから前週に神賑行事、出御祭(おいでまつり)、夜渡り神事、神幸祭が行われ、15日に例大祭が行われるようになりました。萩野は数年前から剣鉾を追っかけていますが、粟田祭は今年初めて! ということで、がっつりと堪能してきました。

― 夜渡り神事 ―

夜渡り神事当日。三条通りを歩いていると、数カ所の会所で剣鉾を飾っているところがありました。粟田神社の氏子地域では、剣鉾を市内最多の18基、計44本を所持されています。44本のうち、巡行するのは6本ほど。あとは会所で見ることができます。私も頑張って探しましたが、今回通して見れたのは19本でした。会所場所の地図が欲しかったです。前にはあったそうなので、ぜひ復活を! これは全制覇したいものです。

夜渡り神事の一番の見どころは、知恩院黒門前の神事です。ここに瓜生石(うりゅうせき)と呼ばれる石があります。氏子地区ではこれを“隕石”と呼んでいるそうです。確かに石というよりは、隕石みたいですよね。旧暦9月14日の夜、ここに神が御降臨されたということで、それを感謝する「れいけん」神事が行われるようになりました。

神事の準備ができると、大燈呂が粟田神社前からやってきます。

まさか京都でも、青森のねぶた祭のようなものが見れるとは・・!
それもそのはず、大燈呂は室町時代からあったとされており、ねぶた祭のルーツともいわれているんです。平成20年(2008)、京都造形芸術大学の協力により180年ぶりに復活された行事です。今年は10体ありました。左から青不動、牛頭天王、相槌稲荷です。毎年少しずつ入れ替えがあるので、これもまた見どころですね。

続いて剣鉾(阿古陀鉾、地蔵鉾)、松明が準備されたところで、知恩院の門扉が開き、住職たちが列をなして降りてこられます。
なぜ神社とお寺が・・?って思われるかもしれません。
そう、これは神仏習合の神事なのです。

粟田神社の神職と、知恩院の僧侶がお互い向き合って座られるという・・なんとも不思議な光景です。そしてまず神職によるお祓いがあり、知恩院さんが般若心経を3回唱え、南無阿弥陀仏を唱え、粟田神社さんが祝詞をあげられました。そのあと瓜生石の周りを3周します。この3周というのには意味があり、葬儀の儀式と同じなんです。昔は棺桶をかついで3周してから運んだそうです。この儀式全体を見ても、まさに法要ですね。
このあと僧侶は知恩院へ戻られ、門扉が閉まると同時に、階段の灯りも一斉に消灯されました。あまりに幻想的で、夢を見ているような心地がしました。

大燈呂や剣鉾などは、このあと氏子地区を巡行します。途中別グループが新日吉神社の鳥居前まで行き、ウェスティン都ホテル前で合流、夜10時頃に粟田神社に戻られます。

― 神幸祭 ―

次の日は神幸祭です。お祭り日和のいいお天気です。11時半頃、剣鉾が次々と粟田神社に到着し、本殿前に置かれます。剣鉾の棹にも注目です。それぞれの装飾が間近で見られるチャンス! ここぞとばかりに、みなさんカメラを構えてパシャパシャ。萩野のイチオシはこの菊鉾。黒の棹に鶴の絵柄がかっこいいです。

そして神輿は、拝殿から本殿前に移され、神事が始まります。神輿は、153年ぶりに大修理されたこともあって、担ぎ手の皆さんも気合が入ります。

12時20分頃に、鉾差しによる剣鉾差しがあります。剣鉾の重さは約40kg~60kg、長さ7~8mもあり、これを一人の鉾差しが差し、二人が補助につきます。そして歩きながら、八の字を描きながら鈴を鳴らすので、相当な訓練が必要になります。これは巡行の際に所々でみることができます。剣鉾が先導し、続いて神輿が出発します。

見どころは、この石段を神輿が降りるところです。無事鳥居をくぐり抜けた時には、大歓声が起こりました。それを横目に、私は次の見どころへ移動です。

夜渡り神事が行われた知恩院黒門前です。ここで、先に出発した剣鉾が瓜生石の周りを回ります。青蓮院から知恩院までの道でも、所々で剣鉾差しがあり一基ずつじっくり見られます。

次の見どころは、青蓮院の勅使門前。この勅使門は天皇陛下あるいは使者が来られた時だけ開けられます。ただ例外として年に一度、粟田祭のこの時に特別に開けられるのです。そして、剣鉾の御幣守りはこの日だけ、身代わり札はこの青蓮院勅使門前のこの時だけに授与されます。この身代わり札は、神輿の担ぎ手のみなさんも首から下げられています。祇園祭でも、神輿の担ぎ手さんたちがこれを身につけていて、ずーっと密かに欲しかった萩野。やっと手に入れられて感動です。

次の見どころは、白川沿いです。瓜生石のところからまっすぐ西へ行くと、先回りできます。風に柳が揺れ、川のせせらぎとともに、チリンチリンと響く鈴の音が美しい・・。この辺りはとくに人も少なく、静かに音を楽しむにはうってつけのポイントです。そうそう、この鉾差しの方が着られている着物は、江戸時代頃のものなんですって。あと必ず草鞋を身につけるのだそうです。剣鉾差しは、地域によって差し方や歩き方が異なるので、そういうのを見るのもいいですね。

次の見どころは神宮道です。大鳥居の前に6基がずらりと並びます。そして三条通りまで進み、剣鉾の辻回しがあります。この時間になると、剣鉾のシルエットが映えてまたかっこいいんです。

剣鉾を追って粟田神社に戻ります。ここでの最大の見どころは、長い石段でのお神輿の引き上げです。一般の方も参加することができます。そして拝殿の周りを、剣鉾についで神輿が回ります。剣鉾差しもここで見納めになりました。

― 還幸祭 ―

神事のあと、すべての灯りが消され真っ暗闇の中、「おーおー」という低い声と共に、神職により御魂が神輿から本殿へと遷されます。この還幸祭は、本当に神秘的で感動します。ちょうど銀色の月も見え、この世のものとは思えないような不思議な空間が広がります。
祇園祭の還幸祭は真夜中ですが、こちらは21時頃なので比較的見やすいと思います。

― 例大祭 ―

15日に例大祭が行われます。絵馬殿前にて、お抹茶の接待があり、お抹茶とお菓子を頂くことができます。舞殿には大燈呂の一部、猿と鶏が飾られていました。これらを見ながらほのぼのと神事を待ちます。

本殿前にて神事が執り行われました。お供え物を供えてから、「おーおー」という低い声とともに御本殿の扉が開かれます。そのあと祝詞をあげて、「蘭陵王」の舞楽奉納がありました。中国・北斉の皇族である蘭陵王長恭は、あまりにイケメンだったので、兵士たちの士気を下げないために、恐ろしい仮面をつけて戦ったそうです。戦に勝利した喜びを、兵士たちが歌にしたことが由来だといわれています。頭の上に乗っている龍は、今にも飛びかかってきそうですね。

「蘭陵王」はこれまでも何度か見たことがありますが、こんなに間近に見たのは初めてかもしれません。朝から抹茶を頂き、神事から舞楽まで、とても優雅な時間で、清々しい気持ちになりました。

このあと、本殿前でお神酒を頂き、撤饌の授与がありました。中は昆布茶でした。昆布はよろこぶに通じる縁起物です。

これでようやく一通りの神事が終了です。粟田祭では、剣鉾が通った後を神輿が通り、昔から続く本来の神事を見た気がしました。この間、萩野は行く先々でお話を伺ったりしていましたが、どこにいっても、氏子地域の方々が温かく出迎えて、いろいろとお話を聞かせてくださったことも、とても印象的でした。

最後に一言・・この通りに見ようとすると、普通はぶっ倒れます。適度に休憩しつつご覧くださいね。

祭事情報

粟田祭

祭事

粟田祭
  • 京都市東山区粟田口鍛冶町1(粟田神社)
  • 2016年(平成28年)は10月8日(土)~15日(土)
  • 075-551-3154
  • http://awatajinja.jp/

この記事を書いた人

萩野桂

ライター

萩野桂

京都生まれの京都育ち。詩や小説を綴りつつ、歴史が語る、京の記憶に魅せられて、今日もふらりと歩いています。

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