社寺さんぽ

【鹿原山慈恩寺金剛院】紅葉の名所、花の寺。優しい憤怒相の仏様。


紅葉の季節がやって参りましたね!
京都府北部の名刹古刹・古社大社のご案内、第二弾は紅葉の名所、花の寺は第三番、金剛院のご案内にございます。

秋となれば金剛院が矢口の鉄則です。
東舞鶴駅から車で二十分程度。近くの松尾寺駅から徒歩でも二十分で着きます。
毎年、十一月中はもみじ祭り。
伺った時には、盛りにはまだ少し早かったですが、色づき初めのグラデーションもまたよい風情にございます。

鹿原山慈恩寺 金剛院。
第五十一代、平城天皇が第三皇子、高丘親王によって八二九年に開かれました。
白河天皇の病気平癒祈願に納められた波切不動明王をご本尊に、厄除けのご利益を授かれるお寺として、広く信仰を得ておられます。

小川に渡した橋を通り、築地壁に囲われた敷地を入ると、右手に寺務所、左手に宝物殿と細川幽斎作と伝わる小池庭(鶴亀の庭)。

本殿に至る参道は右手の壁沿いに進みますが、今日もまたご住職とお約束を頂戴しておりますので、先に受付にご挨拶に伺います。

可愛い赤い実が生っているので、思わずパチリ。常盤サンザシだそうです。
今どきの若人は、写真を撮ることをパチリと言ったりするのだろうか。スマフォのシャッター音は未だに古き良き時代を模しているけれども、その意味すら通じなくなる日はいつ……と、他愛ない思索に耽っている間に、お久しぶりです、ご住職。

早速、お寺の案内をして頂きます。
まず、地所にある築地塀から。
線の数にも意味があり、五本線で作られているものは皇室ゆかりのお寺であることを示しているそうです。一見して解るようになっているとは! 一つ賢くなりますた。

次に宝物殿にご案内頂きます。

正面真っすぐに阿弥陀如来坐像。迫力あるお姿に、何故かありがとうございますと口走る己に当惑しつつ。
中央に阿弥陀如来像、釈迦如来を挟んで神将像・仁王像が配されています。

阿弥陀如来座像。

増長天立像。

多聞天立像。
平忠盛が設置したとされ、平安後期の作風を色濃く残している為、同じ仏師の手によるものでは目されているとのこと。

鎌倉時代の作となる釈迦如来。

阿吽両像は鎌倉時代の仏師、快慶の手によるもの。

そしてこちらが、快慶作の深沙大将立像。
単体での像は珍しく、全国でおおよそ三万体の仏像中、現存は四体のみというレアな逸品で、ロンドンの博物館にまで出張される程。今度、奈良である慶派の展示にもお出かけになるそうです。
奈良の友人が仏像の博物館展示を「出稼ぎ」と呼ぶ。と、言っていたのをふと思い出してみたり。

お隣には同じく快慶作の金剛執立像。
如来守護のお役目にあたっていた武神で、金剛力士が阿吽二像とされる前身となるそうです。

双方ともに慶派の名工・快慶の無名時代の作、木目の中心が筋肉や装飾の中心に来るように彫り上げられているのが不思議でしょう、とご住職。
元々は極彩色に塗られて、木目など見えなかったにも関わらず、まるで彩色が消えた後にも美しくあるように計算されていたようで、千年後の我々でなければ見られなかっただろう造作です、と実に深い見識を頂戴して、仏像を見る目が変わりました。

彩色の鮮やかさ、そして玉眼と呼ばれる水晶の眼は、蝋燭の灯を頼りにした当時、そのわずかな光源にも映えるよう、そして揺らぎが瞳に命を宿すように見えたのでしょう、と陰影礼賛の生きる世界にときめきを覚えずにいられません。
しかし宝物殿内は当然ながら火気厳禁! 炎の揺らぎに照らし出される姿は、夢想するのみに止めておきましょう。

そして恒例(?)ポージングで記念写真。セルカ棒研究中の為、微妙な出来です。

その他宝物を拝見して、本殿に。

本殿に至る参道は、紅葉並木です! 戦国時代の武将・細川幽斎が植樹したことに始まるという地所内の紅葉。
若い木から紅葉していくというのは初耳。盛りの頃は、見渡す限り、本当に真っ赤になります。

左手には、千年榧とよばれ、真如親王の手による植樹と言われるご神木が。
高さ二十二メートル、三重塔と同じ高さ! 京都府自然二百選に選ばれる榧は碁盤・将棋盤の材料なのですが、檜がメインになる以前はこの榧が仏像の主材料とされていたとのこと。

この榧の実は魔除けの実として、大相撲の土俵の下に埋められるとか。
金剛院でも、福徳長寿のお守りとして授与されています。

真っすぐ正面に三重塔。

中には高岡親王、仏門に入られ眞如とお名前を改められたご開祖の座像がございます。
弘法大使空海の十大弟子に数えられ、今の空海のお姿は、御大師様が高野山の奥の院に入られる前に、眞如親王の手によって描かれた姿が元になっており、真言宗にとって、縁の深い御方だそうです。
器のある方には、天は二物も三物も才を与えられるものなのですね……!

晩年、仏の教えを求めて中国に旅立ち、インドに至る途中で消息を絶ったというご開祖。なんとも波乱万丈な生涯です。

いろは坂。

脇から延びる石段は、割と傾斜の急な一〇五段!
石段の石灰岩は、太古、この地域が海底であった為だろうとのこと。
運動不足ではないものの、常に平地で生きる身には辛い……! ものの、手すりにすがってようよう踏破します。

本殿と、熊野権現に向けて作られた拝殿。
拝殿は清水寺と同じく懸造(かけづくり)で作られており、三島由紀夫の「金閣寺」の冒頭の舞台にもなっております。
その流れでご住職がここで殺人事件が、と仰った瞬間によっぽどぎょっとした顔をしたのか、フィクションですから! とすかさずフォローを頂きました。小説の中でのみです、そのような事実はありません。と、今後、矢口のような勘違いをする方が出ないよう、ちゃんと明記しておこう……。

ここでは獅子と龍に合わせて天女もお出迎えです。

本殿と、回廊で繋がる拝殿は、江戸時代に再建されたものとのこと。

本殿内、ご本尊の波切不動尊は節分のみ開帳されるそうですが、写し身の石仏様が大数珠に囲まれた大壇におられます。作者はわからないですが、江戸の頃の作品では、とのこと。
不動明王は大日如来の化身とされ、魔や邪を祓う憤怒相の仏様。
右手に剣を持つお姿で表されますが、波切の名を持つご本尊は、波を切る、切った仕草に切っ先を地に向けていらっしゃいます。

そして帰りは象に見守られつつ、牡丹の装飾の緻密さに圧倒されます。

本殿の再建された江戸時代は、装飾技術の発達した時代だそうでして、このように精緻な彫刻が施されたそうです。

階段の上から見下ろす三重塔もまたよい景色。

ふと、道行く護りの波切不動明王尊、三蔵法師を助けた深沙大将像……先ほど伺った眞如親王との符号が西遊記と重なりますねと申し上げてみたところ、ご住職もそのようにお考えだったそうです。
三蔵法師玄奘が埋葬された地、白鹿原は鹿原の名に通じ、経典を取りに上がった大慈恩寺に由来するかのように寺号は慈恩寺と称する。
インドから経典を持ち帰った三蔵法師に重ねて、眞如親王も大変尊敬を集めていたのでしょう、とご住職に正解を頂いたようで、嬉しくなる単純な矢口です。

さて、ここからが本番です! いや、本番ではないですが目的のひとつです。
十一月中のもみじ祭りの間、お抹茶とぜんざいが楽しめるので、これを楽しみにしてきました! 白状すると、これを目当てに毎年来てます!
去年はお抹茶と和菓子を頂戴したので、今年はぜんざいをチョイスです!

番号札を頂いて、座敷で待つ間、セットのおみくじを開きます。
お、今回はなかなか良い結果ですね。

席でご住職としばしお話をさせて頂きます。
細川幽斎のお話やら、戦国時代の話に花が咲くのが嬉しすぎて、矢口のテンションだだ上がりです。

という個人的な主観は別として、皇室の方が身を寄せた、あるいは庇護したお寺は多々あれど、ご本人が開祖であるという寺院は珍しいそうで。
若狭の仏教文化の端に位置する金剛院の他、周辺の寺社で交通安全のご利益のある馬頭観音を頂くお寺がなんと全国の内、三分の一を占め、平安~鎌倉にかけての仏像の多さから、海路陸路共に交通に関することに重点を置き、大陸と都とを結ぶ接点として、重要拠点と見なされていたが故では、というお話を伺ったり。
福井から繋がる土地の、皇室との所縁の深さなど興味深いお話を多々お伺いできました。
東郷平八郎が対ロシア戦を前に参拝に見えられた話などを伺い……ならば某艦隊な娘さんを育成していらっしゃる提督さん方も、お参りしたら勝利のご利益がありそうですね! と些か俗物すぎる期待を力説してしまったことを、恥と共にここに告白しておきます。
いや、自分では育てていないのですが、ほら、舞鶴ってばね? 一応な? 聖地ですからね?

そうこうしてるうちに、お待ちかねのぜんざいです!
この添えられた紅葉が心憎いではありませんか……! 面をしてると食べられないので外したついでに記念写真、

小豆の形を残したぜんざいは、焼餅の香ばしさに甘さ控えめにぽくぽくとした豆の触感を楽しめ、胡瓜の粕漬を交互に頂くと、甘さとしょっぱさの永久運動が可能な美味さに!
基本的に甘いものが苦手な矢口ですが、こちらのぜんざいはとても美味しく頂けるのです!

さて、お腹もくちくなったので、園内の探検など。いつもは甘味を頂いてすぐ帰ってしまうので、今日は堪能いたします。
いや、だいたい同行者がいるので遠慮して回れないだけで……そんな食い気だけで参拝しているわけではないですよ、ホントだよ?

川沿い、三重塔の奥に散策道があるので赴いてみましょうか。涸滝があるとな、ほうほう。

ならばそこまでと踏み入った道は落ち葉が積もって足の裏に優しい感触がします。緩やかな傾斜を左に左にと登っていきますと、しめ縄を張った滝を発見!

涸滝とありましたが、幾筋も糸の如くに水の流れがあり、清涼感に溢れる赴きです。

さて、このまま歩道沿いに行ったらどこに着くかな?

と、ずんずん進みましたら、本堂の脇に出ました……先ほど、あれだけ息せき切って上った見覚えのある場所アゲイン! 本堂に到着しました。
この後、ご住職に方向音痴ですかと笑われましたとも! そうですとも!

しかし先ほどは気づきませんでしたが、この角度から見ると本堂の五色の旗が雲山閣に映り込んで実に美しく。

そしてせっかくなので、今度は石段の途中からそれるつづら折りのいろは坂に沿って下ってみましょう。

おぉ、苔で足元がふかふかです! 

紅葉を見上げながら参道を戻り。

細川幽斎作と伝わる鶴亀の庭を愛でさせて頂いて、平成四年に整備された鹿原公園へ。

金剛院の敷地を市に譲って作られた公園は、広々とした芝生がメイン。

木製の歩道を伝って東屋にたどり着けば、紅葉に映える三重塔。

窓枠をフレームにして借景の形で収まるように設計されているとのことで、なるほど流石のバランスです。

まぁ、一緒に映り込んで絵になるかどうかは被写体のレベルにもよりますが。

そして、ご住職おすすめの山際のあたりをうろうろとしてみます。

このあたりは良い気に満ちた、秘かなパワースポットだそうでして、心なしか空気の密度が濃い気がします、

あ、栗みっけ。

ご家族連れと思しき、子供の歌声が響く中、しばし三重塔を眺めつつ、遠い歴史に想いを馳せます。

京から大陸へ、そしてまた京へ。
海路陸路を経て行きかう人々が踏み固めてきた思いの道を通り、伝わった様々な物や者。想いや願い。
時の流れは一方にしか流れませんが、かつてのよすがは千年の時を経てなお、思いを当時に運んでくれます。
いついつまでもと続く祈りが、確かに存在していたことを伝えてくれる存在は、ふと気が付けば傍らに感じる神仏の加護の如く。
何を選んで、何処へ行くのか。
苦難と困難を切り開き、その果てにあるものを見届ける為の優しい憤怒相の仏様が、背を見守ってくれているような、そんな気持ちで今年の訪問を終えました。

施設情報

金剛院

寺院

金剛院
  • 京都府舞鶴市字鹿原595
  • 0773-62-1180
  • 9:00~16:00
  • 拝観300円・宝物殿500円

この記事を書いた人

矢口慧

ライター

矢口慧

生まれてこの方京都に暮らして久しい小説屋。筆の向くまま気の向くまま、興味があれば何でも書きます。

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