社寺さんぽ

【近江神宮】万葉の風吹く処


茜指す 紫野行き 標野行き 野守は見ずや 君が袖振る

額田王の詠んだこのうたが、とても好きだった少女時代。
あたしは近江神宮の近くの小学校に通っていた。
ここに、額田王と恋仲だったかも、と語られる天智天皇がお祀りされているということで、幼い胸をどきどきさせたものだ。

久しぶりに訪う近江神宮。
あの頃、大鳥居前にある石灯籠のわきがバス停だった。
小学生なんやけど家が比叡山腹の住宅地にあり、バス通学だったので。
石灯籠の隣で、ソノ筋のおニイサンがいかつい顔でタコ焼きを売っていた。
真っ黄っ黄のワゴンに乗って。
車体に鯛を抱えた恵比寿サンの絵が描いてあった。
お腹をすかせた小学生が周りをウロウロして、もしかしたら一つくらい・・・、とじと~~っと見つめられて、おニイサンはさぞや嫌だったろう。
わりと普通に無視されてたけど、ごくたまに売れ残って冷めたカリカリのタコ焼きを分けてもらったし、長いバス待ちの間、そばに大人がいてくれるだけで(それがたとえカタギのひとじゃなくても)安心感があった。

閑話休題。

大鳥居をくぐってしばらく深い森に包まれた参道をたどる。
はあ~~。静か。葉ずれの音と、ときおり響く鳥の声に耳をすませて。
むかし、どんぐりとかしいの実がたくさん落ちてたんだよ。
うん。今もあった!
石段を登ったら忽然と、背後に宇佐山の緑を従えて楼門がそびえる。
目に艶やかな朱色が、まことに雅やか。
アニメや映画のオープニングにも登場しているそう。

楼門をくぐり、拝殿へと。檜皮葺の落ち着いた佇まい。
静粛な空気のなか、小春日和の日射しが古材を照らして、温もりも感じる。

お祀りされている天智天皇は、飛鳥より近江大津宮への遷都、また漏刻(水時計)をお造りになり、社会生活の基本である時報を始められたことで、歴代の天皇のなかでも別格の位置におかれ、「歴代天皇の即位に当っての宣命には、かならず天智天皇のことに言及されるなど、皇室の歴史のなかでも特別崇敬の深い天皇であられました」とのこと。
小学生やった頃、昭和天皇の行幸があって、あたしも参道に並んで旗を振ってお迎えした。遠い昔の出来事だけど、周りの大人の厳粛でありつつ晴れがましい、そんな表情を覚えている。
全国から多くのご参拝の方がみえることに、深く納得。

境内には、近江神宮を時の祖神として崇敬する時計関係者の方々から寄贈された「日時計」が設置されている。

もちろん時間をみてみる。
おお!!正確や!すげーーーーっ(←今もほぼ小学生)
「水時計」や、和時計をはじめ各種の古時計などを展示している「時計館宝物館」もある。取材の日は残念ながら休館だったけど、興味しんしん。

さて、天智天皇は、百人一首巻頭の

秋の田の かりほの庵の 苫をあらみ わが衣手は 露にぬれつつ

をお詠みになった方。
歌かるたの祖神としても仰がれ、近江神宮ではかるた祭―かるた開きの儀―も行われている。夏の全国高等学校かるた選手権大会はじめ年中なにかしらのかるた競技が行われ、「ちはやふる」に憧れる多くの熱烈な競技かるたファンの聖地となっている。

もっとも大きな大会である正月の名人位クイーン位決定戦は、競技かるたに疎いあたしでも知っている・・・って、むかしNHKでやってたん。
なんかすごかった。クイーンともなるととにかく年中外科通い。一瞬ではじけ飛び舞い散るカルタ。目にも留まらぬ速さで宙を切る手と手がぶつかって突き指、骨折当たり前のデンジャラスな競技なのだ。主治医に綿密なメンテナンスを施されてやっとこさクイーンの座を死守するんである。

もちろん競技場も見せてもらいましたとも。その名も「近江勧学館」。
「たった今、畳を張り替えたばかりです。」と、にこやかな権禰宜の東出さん。
かるた競技について親切丁寧にお教えいただいて、いざ大広間へ!

清々しいことこの上ない、青畳の香りを胸いっぱいに吸いこんで、素早く写す。
俗世にまみれたあたしなぞがみだりに踏み込んではならぬのである。
聖地なのですぞ。聖地。
つま先立ちで足の裏をなるべく触れぬよう、そろりそろりと歩くあたし。

1階受付に置いておられました。
聖地で買い求めれば上達もさぞや。

はるか万葉の時代に想いを馳せて、いにしえびとの心模様を味わいながら清新な湖国の風に吹かれて、訪れてはいかがでしょう。

歌かるたの姫御前の気分で♪

施設情報

近江神宮

神社

近江神宮

この記事を書いた人

沢 朱女

アーティスト

沢 朱女

京都生まれ。水彩画、銅版画を制作。ポストカードとかもつくってゆ♪身辺のあれこれをエッセイに。「ものがたりを愛す、あなたのも、あたしのも」

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