社寺さんぽ

【須賀神社】節分に現る、怪しげな懸想文売り


2月3日は節分。豆まきや恵方巻に節分おばけ・・なんだかわくわくするようなイベント感があります。
でも、その意味をご存知でしょうか?
本来節分は、立春、立夏、立秋、立冬の前日を指します。旧暦では立春が一年の始まりとして、特に重要視されていました。つまりその前日は大晦日に当たります。平安時代の宮中行事には、大晦日に「追儺(ついな)」という一年間の邪気を祓う行事がありました。「鬼遣らい(おにやらい)」、「儺遣らい(なやらい)」、「儺遣らう(なやらう)」ともいい、この「儺」という文字だけで、「悪鬼を追うこと」という意味があります。

黄金の四つ目の仮面をつけ、右手に矛、左手に楯を持った方相氏(ほうそうし)が、目に見えない悪鬼を追って宮中を練り歩いたそうです。これがいつしか鬼の姿を表すようになりました。方相氏は、誰でもいいというわけではなく、大舎人(おおとねり)つまり雑用係をしていた下級役人の中から選ばれていたんです。きっと当時は、方相氏に選ばれるのはとても名誉なことだったのでしょうね。それが豆を投げつけられ、嫌われ役になってしまうとは・・歴史とはなんて残酷!
この方相氏は、吉田神社、鞍馬寺、平安神宮などで見ることができます。
ちなみに豆まきは、鬼の目(魔目)に豆をぶつけて魔を滅する(魔滅)というところから、邪気を祓うということで広まったそうです。

今回は数ある節分会の中でも、イチオシの須賀神社をご紹介いたします。

境内には、烏帽子に水干姿で、白い布で顔を隠した怪しげな殿方・・。多くの女性は、こちらの殿方に逢いに来るのです。彼らは、梅の枝に懸想文(恋文、ラブレターともいう)をくくりつけて、その懸想文を1000円で授与しています。
「人様の恋文を買うだなんて・・」
これには深~い理由があるんです。もちろん、この殿方が、誰彼構わず書いた恋文というわけでもありません。

この懸想文売りは、江戸時代に京の風俗行事のひとつとして広まりました。変わった姿も当時の衣装を再現したものなのです。ここでいう懸想文は、ラブレターではなく、縁談や商売繁盛などの願いことを叶える符札、つまり御守のようなものですね。この懸想文を人に見られないように、鏡台やタンスの引き出しに入れておくと、美しくなり、衣装が増え、良縁が舞い込むといわれ、女性に大人気だったそうです。明治以降に廃れてしまいましたが、この須賀神社で節分の前日と当日の2日間だけ現れるようになりました。

せっかくなので、私も授与していただきました。その中身、気になりますよね?
そこには、梅の枝に結ばれた結び文。和歌が添えてあります。ピンクの紙は懸想文についての説明が書かれていました。右は結び文を開いたものです。結び文は毎年内容が変わりますので、チェックしてみてください。

2日15時からは、本殿にて翁と媼姿による追儺招福の豆まきが行われます。小さい神社だからと油断していました。14時半に到着した頃には、ものすごい人・・。
まず、儀式が行われ、そのあとに豆まきがありました。この豆まきがただものではありません。豆5粒を包んだ和紙が撒かれますが、その中に当選番号が入っていれば、なんと景品がもらえるんです。

私はひとつも取れなかったのですが、一緒に行った友人が2つも取り、そのうち1つが当たり! 友人が引き換えて持ってきたのは、なんと一升瓶のソースでした。これには本当にびっくりです。業務用??こんなの見たことないですもん。
他の人にも、何をもらったのか聞いてみると、米、日本酒、しょうゆ、トイレタワシ・・どれも生活必需品。いわゆるかわいらしいものではなく、男前な景品たちに唖然としてしまいました。持って帰るのは大変だと思いますが、皆様が楽しみにされているのもわかりますね。

豆まきの後は、名物、大徳屋本舗の須賀多餅(130円)と、豆茶を頂きました。 豆茶には塩と豆が入っていて、豆が香ばしい。餅は御幣の焼き印で、白こしあん、柚子がほのかに香ります。この須賀多餅が食べられるのは、一年のうちでこの2日間だけ! それは食べないわけにはいきませんよね?

施設情報

須賀神社

神社

須賀神社
  • 京都市左京区聖護院円頓美町1
  • 075-771-1178
  • 9:00~17:00

この記事を書いた人

萩野桂

ライター

萩野桂

京都生まれの京都育ち。詩や小説を綴りつつ、歴史が語る、京の記憶に魅せられて、今日もふらりと歩いています。

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