ほとなび

西陣「雨宝院」戦火をくぐり抜けた10手の千手観音


多くのお寺が軒を連ねる西陣の一角にある「雨宝院」。空海が創建したと伝わる真言宗の古刹で、桜の名所としても知られています。春には多くの観光客が訪れるこのお寺にひっそりと祀られる優しいお顔の千手観音像が今回の主人公。室町時代、西陣の地を真っ赤に燃やし尽くした応仁の乱にも耐え、42本あった手を10本に減らしながらも平安前期・貞観の美を今に伝える満身創痍の姿。そこに秘められた計り知れないパワーに圧倒されます。

室町時代、「応仁の乱」では山名宗全率いる西軍の陣地となり、近年は「西陣織」の産地として世界的に有名になった西陣は、多くのお寺が密集する地域。

鎌倉時代作の六観音を安置する千本釈迦堂(大報恩寺)、苦しみを抜き取ってくれるお地蔵さまが祀られた釘抜地蔵(石像寺)、2.4mの大きな閻魔大王が圧巻の千本ゑんま堂など、雑誌やガイドブックにも掲載されている人気の見仏スポットも多くあり、観光シーズンになると全国から仏像ファンが訪れます。

その西陣で近年、仏像ファンに密かに人気を集めているのが「雨宝院」の千手観音像です。

まず雨宝院の基本情報を少し。
創建は821年、空海が千本五辻に建立した大寺院「大聖歓喜寺」が前身という高野山真言宗の寺院で、象頭人身という珍しいお姿の大聖歓喜天を本尊としています。
大聖歓喜天は「聖天」と略されることが多く、雨宝院の御本尊は「西陣聖天さん」と通称で呼ばれています。

境内には多くの木々が所狭しと植えられていて、本堂前の「おしのぎの松」(「時雨の松」とも)と呼ばれる松は枝が広く広がり、明治の初め頃、久邇宮朝彦親王が参詣の折にその下でにわか雨をしのいだとと伝わっています。

また、言わずと知れた桜の名所。境内の桜の木はソメイヨシノや御室桜、中には少し緑かかった黄色の桜(御衣黄)もあり、4月初旬から末にかけて1か月間は種類を変えながら桜が咲き続けます。

雨宝院はこれまでに応仁の乱(1467〜77)や天明の大火(1788)などで被災してきました。創建当初、七堂伽藍の大寺院だった境内の堂宇は姿を消し、当時を語る建物は現在ありません。しかし、今回ご紹介する千手観音像は創建時代に近い貞観年間に造仏されたことがわかっています。

雨宝院イチの古顔の千手観音さまは境内の南西にある観音堂にいらっしゃいます。
事前に連絡をしてご住職に鍵を開けて頂くと、うっすらと光の入るお堂の中に東に向く形で大柄の千手観音菩薩立像が見えてきます。

像高は211.5cm。昭和17年まで秘仏だったこともあり、全体的に金箔の残りが良いです。一本の木から頭体が掘り出される古い造り方「一木造(いちぼくづくり)」ですから、ここで分割パーツを組み立てて造る「寄木造」が確立する平安後期より前、つまり平安時代の中期以前の作かな?と推測できると思います。

そこに、平安前期を中心に流行したという膝下の衣の襞が大波小波を打つ「翻波(ほんぱ)式衣紋」や、どっしりした体躯から平安時代の早い時期に作られたと考えられます。

これまでの被災で十一面のうち造仏当初のものは3面を残すのみ、手も42臂あるはずの腕が十臂しかなく、千手観音の圧倒されるような手の広がりは感じることはできません。しかし、ダイナミックに左右上下に差し出された腕は立体的で、今にもリアルに動き出しそうです。

平安末期に単体で阿弥陀如来を、同時期に左横に地蔵菩薩を彫っていたので、鎌倉時代になって空いていた右側のスペースに本来のサポート役の観音・勢至菩薩を並べて付け加えて変則型の三尊形式にした、とすると辻褄が合いますね。

お顔はとにかく美形。スッと伸びた目尻が緩やかに上がり、知的な印象を与えます。

私がこの仏さまを見て一番女性ぽく感じたのは唇です。小ぶりでコンパクトにまとめながら厚みがあるので、少し突き出したような立体感があり、そこに艶を感じるのです。

実際、観音さまは男女の区別はありませんが、特に貞観年間(859〜877)に造仏された仏像の多くは男女区別を意識したかのような作風が多い気がします。

正面からお参りしたら、少し横から拝観してみてください。意外と男らしいどっしり感が足腰にあります。これは一木造ならでは!

京都市内は千年もの間ミヤコだったこともあり、何度も大きな戦乱や火災に寺院も巻き込まれ、現在、平安前期作の仏像はここ雨宝院や東寺など数カ所しか残っていません。

1150年ほど前に造られた千手観音が、その手の数を減らしながらも現在残っていることは奇跡的なこと。その眼前に座って手を合わせると、きっと観音さまに大きな力をいただけるはずですよ。

施設情報

雨宝院

寺院

雨宝院
  • 京都市上京区智恵光院通上立売上ル聖天町9-3
  • 075-441-8678
  • 9:00~17:00
  • ※観音堂拝観は要予約(拝観料500円)

この記事を書いた人

政田マリ

仏像ナビゲーター

政田マリ

月に一度素敵な仏さまをご案内する『月イチ仏像ガイド』主催。京都の魅力、仏像の魅力を世に広めるために仏像ガイドとしての活動しています。日本仏像検定A級。年季の入った『カープ女子』です。

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